コロナの正体はまだまだ見えていないとは言え、コロナが生活の中にいることに慣れてきた昨今。
自分自身の心境の変化、それにここから見える社会や人の心の変化。
毎日薄色の水彩絵の具を重ね、1日1日では感じない色の濃度が、8ヶ月経ったら結構ハッキリと見えてきた。
そんな事を思いながら絵を描いている日々ですが、今日の昼に遊びに来た友人も又、同じ様に感じていたのを知って、これは気のせいでも無いのかもと思う。

二人に共通の感覚は、感動するものが無くなった、若しくは、心を動かされるものが変わった、という事だった。
これはコロナ初動の頃に予想できた事だけど、実際の詳細はやはり現場になって具体的になるもんだ。
これからの世界は、今までの様に感性や感覚を頼りには出来ず、一歩一歩考えながら歩いて行き、立ち止まって変化に耳をすまして行こう。

話せば長いが、いろんなものに興味を無くして、意外なものの中に光明を見つけた。
芸術、哲学、宗教、その他無形の理論に無意味感を持ち始め、魚を捌いたり、漬物を漬けたり、畑をやる事が、それらに代わる事なんだとハッキリと掴み着地する。
今考えている事を誰にも言わずとも、刺身や漬物や野菜に出ている。
それが新しい芸術や哲学や宗教に代わる。
そういう事が大切だと思った。

たった2、3年前の当たり前を懐かしむ様になるのだろう。

マシマタケシ